社会のために何ができる?が見つかるメディア
「子どもの権利」どう守る?スコットランド「子ども若者コミッショナー」ブルース・アダムソンさんに問う

- 日本における子どもへの虐待件数は約16万件。2018年度より20%ほど増加している
- 貧困問題など複雑に絡み合う子どもの虐待。大切なことは議論をやめないこと
- 子どもは親のものではなく一人の人間。彼らの意見を受け止める姿勢がより良い社会を築く
取材:日本財団ジャーナル編集部
近年、ニュースでもよく目にする子どもの虐待事件。その数は年々増加傾向にあり、大きな社会問題となっている。
2019年12月17日に、都内で行われたシンポジウム「⼦どもの声を受け⽌め、⼦どもを守るために何が必要か」(※別ウィンドウで開く)では、子どもの代弁者として活動するスコットランドの「子ども若者コミッショナー」を務めるブルース・アダムソンさんを招き、子どもの権利を守るために必要な社会づくりについて議論が交わされた。
欧州では、多くの国が設置している子どもコミッショナー。スコットランドの「子ども若者コミッショナー」とはどのような役割を担うのか。子どもたちを守るために、いま私たちができることとは何か。ブルース・アダムソンさんに直撃した。
子どもたちの声を社会に届ける「子ども若者コミッショナー」
「子どもたちには、大人のように政治力や影響力を持たず、救済制度にアクセスする機会もなかなかありません。だからこそ、彼らの権利を守り、尊重することが大切になってくるのです」
シンポジウムの翌日に日本財団を訪れたアダムソンさんは、そのように話を切り出した。彼が「子ども若者コミッショナー」を務めるスコットランドは、英国を構成する国の一つ。面積は日本の約5分の1で、人口は約544万人(2018年)。その中に占める子どもの数は100万人ほどだ。
スコットランドで「子ども若者コミッショナー」が誕生したのは、2003年のこと。1998年にできたスコットランド議会(以前はイングランド議会と合併した議会だった)では、子どもコミッショナーの必要性について、教育・文化・スポーツ委員会を中心に熱い議論が交わされていた。そして2003年3月26日、「スコットランドのあらゆる子どもや若者の力強い友人、すなわち子ども若者コミッショナーを設ける」法律がスコットランド議会において超党派で可決。「子ども若者コミッショナー」が誕生する運びとなった。

「子ども若者コミッショナー」は、子どもや若者たちのたちが置かれている状態について調査し、彼らの権利について伝える役割を果たす。アダムソンさんが選任されたのは2017年。15名ほどの専門家たちと一緒に日夜、子どもの権利擁護のために活動している。
「スコットランドの『子ども若者コミッショナー』は、議会より高い独立性が担保されています。政府の活動を監視することも活動の一貫なのです。私は、毎週スコットランドの学校を訪れて、子どもたちと一緒に遊びます。一緒に絵を書き、木登りするのは、彼らを理解するために大切なステップ。それから、スーツを着て、議会へ行き『この法律を変えるべきだ』と議論をする、それが毎日の活動ですね」

国内のNGOとの連携も欠かせない。
「私たちだけでは全ての子どもの声を聞くことができません。スコットランドには子どもの権利に関するNGOが約400団体あり、こういった組織と随時情報を連携しながら、活動すること心掛けています」
アダムソンさんの活動は国内だけにとどまらない。欧州を中心とした43カ国の子どもコミッショナーたちと常に連絡を取り合い、事例の共有や国際的な問題について話し合いを重ねている。
「毎年テーマを決めて、それに関するディスカッションを行っています。現在は、デジタル環境やサイバー空間におけるいじめ問題について。以前には、メンタルヘルス、ジェンダー問題についても話し合ってきました」

子どもコミッショナーは、子どもと社会、そしてさまざまな地域をつなぐハブのような役割を果たしている。虐待やいじめに苦しむ子どもたちを救うには、このような国内外に張り巡らされたネットワークが大切になるのだろう。
増加し続ける児童の自殺数。子どもたちが生きやすい世界にするには?
2019年は「子どもの権利条約」(別ウィンドウで開く)の成立30周年、日本での批准(ひじゅん)25周年となる年だ。しかし、国内における子どもたちの状況は理想的とは言い難い。
小学生の自殺数が年々増加しており、その背景には「親子関係の不和」や「親からのしつけ・叱責(しっせき)」などがあり、子どもを守るためのアクションが必要となっている。
図表:日本における児童・生徒の自殺数の推移

(注1)2006年度からは国私立学校,2013度からは高等学校通信制課程も調査
(注2)2018年度総数の内訳は,国立3人,公立257人,私立72人である
(注3)学校が把握し、計上したもの
(注4)小学校には義務教育学校前期課程。中学校には義務教育学校後期課程及び中等教育学校前期課程、高等学校には中等教育学校後期課程を含む
日本における虐待の件数は約16万件(2018年における児童虐待相談対応件数)。これは北欧と比べてとても大きい数字で、アダムソンさんも「社会のシステムを変える必要がある」と指摘する。
図表:児童虐待相談対応件数の推移

「すぐに取り組めること、時間がかかることの2つがあると思います。まずは、法律を変えるところから始めてみてはどうでしょうか。現在、ヨーロッパを中心とした43カ国には子どもコミッショナーがいます。そういったすでにある取り組みやフレームワークをもとに、日本にも子どもコミッショナー制度をつくってみましょう。コミッショナーをつくることが、子どもの権利にフォーカスをおく文化づくりの第一歩だと考えます」
幼い子どもにとって親の存在は大きい。しかし、「親は決して絶対的なものではない」と伝えることもコミッショナーの大事な役割だという。
「スコットランドでは、定期的に学校で子どもたちに自らの権利について教える授業を行っています。小さい子どもには絵を中心に、大きい子どもには文章で。そういった取り組みと併せて、困ったときのホットラインなど、子どもたちが助けを求める方法についてもレクチャーするようにしています」

「一方、子どもの虐待は、貧困問題などと複雑に絡み合っていて、それを解決するには時間がかかることを覚悟しなくてはなりません。その点で日本財団さんが積極的に取り組んでいる『第三の居場所』(別ウィンドウで開く)づくりなどはとても素晴らしい取り組みだと思います」
スコットランドで2019年に可決された子どもへの体罰を禁止する法律についても、社会の理解を得るまでに長い時間がかかったという。
「大切なのは議論をやめないこと。子どもを虐待から守ることはとても大事なことです。同時に、親にとっても体罰は子どもにネガティブな影響しか与えません。自分たちを冷静に保って、他の有効的な方法を探さないといけない。私たちは、保護者に対しても、体罰以外にどんな有効な方法があるか提示するようにしました。2007年に体罰禁止の法律を施行したニュージーランドでも、はじめは保護者の80%が法律に反対していましたが、現在、その数はかなり減っています」

子どもたちの意見が社会を変える
「私の『子ども若者コミッショナー』としてのゴールは、まず子どもたちの安全を確保すること。そして、彼らが自分たちの持っている権利を理解し、アクティブに社会に意見を発信することです」
子どもたちには、大人が見落としがちな視点や、目先の利益にとらわれ無視しがちな問題を世に問う力があるとアダムソンさんは語る。
「デジタルテクノロジーについては、彼らの方が詳しいかもしれません。また、環境のために立ち上がり、世界的に注目を集める子どももいます。私は、子どもたちが自分の権利のために立ち上がり、世の中に意見を発信しやすい環境づくりの手伝いができればと考えています」
アダムソンさんは、自分と同様、世の大人たちにも子どもは有望なパートナー、決断力のある個人として接してほしいと訴えかける。そのためには、まず目の前にいる子どものことを知ることが大切だと話す。
「彼らを知る一番の方法は、一緒になって遊んでみることです。私は子どもたちと遊ぶ中で毎日さまざまなことを気付かされます。それが彼らを理解し、同時に彼らから学ぶ一番の方法なのではないでしょうか」

尽きることのない好奇心、何でもチャレンジする冒険心、「いま」を楽しみ、その瞬間を生きること…。子どもたちが私たちに教えてくれることは多い。もちろん彼らは、社会的に守るべき存在ではあるが、親のものではなく一人の人間であり、私たちの先生でもあることをしっかりと胸に刻みたい。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
ブルース・アダムソン
ニュージランド出身。過去には、国内人権機関(National Human Rights Institutions)国際調整委員会の国連代表や、スコットランド人権委員会の法務官を務め、2017年5月よりスコットランドの「子ども若者コミッショナー」として活躍中。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。