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福祉を楽しくオシャレに!常識というボーダーに挑む“福祉実験ユニット”の軌跡

- アーティストである障害のある方にファンがつき、商品を購入するサイクルができれば、障害のある方の自立につながる
- 価値がないと思われていたものも、見方を変えたり、何かを加えたりすることで価値あるものに変わる
- それぞれの個性や特技を生かし合えば、多様な価値を生み出すことができる
取材:日本財団ジャーナル編集部
「福祉」と聞いて「閉鎖的」「堅苦しい」…そういったネガティブなイメージを浮かべる人も少なくないだろう。株式会社ヘラルボニー(以下、ヘラルボニー)は、そんな福祉を楽しくオシャレな文化につくり変えている“福祉実験ユニット”だ。
編集者や広告代理店出身者、現役大学生など、多彩なバックグラウンドを持つメンバーから成るヘラルボニーはどのように生まれ、何を目指して活動しているのだろう。創業者である双子の弟・松田崇弥(まつだ・たかや)さんと兄の文登(ふみと)さんに話を伺った。
きっかけは、兄。「障害のある方が描くアートに正しい価値をつけたい」
ヘラルボニー誕生の原点を探ると、松田さん兄弟の幼い頃にさかのぼる。2人の上には4つ違いで自閉症のある兄がおり、起業にも多大な影響を与えたという。
「両親が福祉にとても積極的なタイプで、よく福祉事業所へ一緒に足を運んでいました。小学生の頃はそれが当たり前だったので、世間でも福祉とか障害のある方は身近なものだと思っていたんです」と崇弥さん。

小学校時代までは、障害のある方に対して差別的なまなざしを向ける人は身近にいなかった。しかし中学校に上がり、偏見や差別の存在を初めて目の当たりにする。兄に対する心無い言葉を聞くこともあったと、文登さんは続ける。
「僕らにとっては当たり前の存在である障害のある方が、世間的には当たり前じゃなかった。子どもながらに衝撃を受けましたし、モヤモヤとしたやり場のない感情が生まれましたね」
そんな2人に大きな転機が訪れたのは、彼らが社会人3年目の頃。地元の岩手県にある、障害のある作者が手掛けた作品を数多く展示する「るんびにい美術館」を母から紹介された崇弥さんが、同施設へ足を運んだことが始まりだった。

「作品を見て、これはすごい、売れるだけの価値がある!って感動しました。だけどこの美術館を知っている人が周りにほとんどいなくて、もったいないなと思ったんです」
これだけ素晴らしいものを活用すれば、障害のある方に対する世間の意識を変えることができるのではないか。そう考えた崇弥さんは文登さんにすぐに連絡し、福祉の領域で事業をしようと持ちかけた。
そこで誕生したのが「MUKU(むく)」だ。松田さんたちが直接見て「素敵だ」と感じた知的障害のあるアーティストの作品を、ネクタイや文房具のデザインにして販売しているブランドである。

「ある福祉施設で生まれたレザークラフトが、道の駅などで安く売られていたんです。これが悔しくて…。売れるかは別として、とにかく最高級の素材でかっこいいものを制作することにしたんです」
有志で集まった大学時代の友人も迎え、まずはネクタイを作った。またアーティストにファンができることを狙い、制作したアイテムにはいずれもアーティストの名前をつけることに。結果として、多くの人に注目されることとなった。
そんな「MUKU」を運営する中で一番幸せな瞬間は、完成品をアーティストに見せる時だと2人は語る。

「見せても素っ気ない反応の方もいますね」
だけど、と文登さんは笑顔で続ける。
「作品に対して強いこだわりを持っているアーティストさんもいらっしゃいます。そんな方とお会いする時に本人の作品をあしらったネクタイを着けていくと『お前は最高だ、かっこいい!』って褒めてくれるんですよ」
「別の方の作品を着けていた僕は“お前かっこ悪いな!”って言われましたけどね(笑)」と崇弥さん。障害のある方が描くアートによる自己表現がおしゃれなアイテムに生まれ変わり、ファンが喜び購入することで自立支援につながる。両者にとってハッピーな事業となっているのだ。
「福祉」の概念を覆す、新しくて楽しい取り組みの数々
ヘラルボニーが誕生したのは「MUKU」を立ち上げてから1年後のこと。本職は別にあった松田さん兄弟だったが、本格的に福祉領域へ参入することを決意、独立・起業した。社名は、お兄さんが幼い頃に書いていた日記帳に頻出する単語なのだそう。

「『これどういう意味?』って聞いても、兄からは『わからない!』としか返ってこないので意味は謎なのですが…(笑)。一般的には意味がなくても、彼にとって『ヘラルボニー』は特別な言葉だと思うんです」

一見意味がないと思われることも、価値あるものとして世の中に提示したい。兄の大切な言葉にそんな思いを込めて、2人は株式会社ヘラルボニーを創立した。
そんなヘラルボニーは現在、「MUKU」以外にもさまざまな事業を展開している。3つの事業「カタルボニー」「未来言語」「全日本仮囲いアートプロジェクト」をピックアップし、それぞれどのような取り組みを行っているのか、詳しく見てみよう。
[カタルボニー]
知的障害のあるきょうだいがいる人が集まるコミュニティーの「カタルボニー」。これが誕生したきっかけはヘラルボニーの創立前、松田さん兄弟がまだ「MUKU」のみで活動していた頃の話だ。
「ネットを通じて、ある女子高校生から相談が来たんです。彼女には知的障害のあるお兄さんがいました」
彼女が悩むきっかけとなったのは、彼氏の発言だ。心無い言葉を投げかけられ、傷ついていたようだった。
「その子が当時付き合っていた彼氏に、障害のあるお兄さんがいることを話したらしいんです。そうしたら『家族に障害者がいるなんて無理だわ、遺伝しないの?』と言われてしまったそうで」

そこで彼女から松田兄弟へ届いた質問は、「障害のある兄弟がいたことで、恋愛に悩んだことはありますか」というものだった。
「こういった悩みって確かに周りと共有しづらいんですよね。隠したいわけじゃなくても、同じ境遇にいない友達に話しづらいものなんです」
そんな相談を受けたことをきっかけに、2人はヘラルボニー創立後に「カタルボニー」を始動。障害のあるきょうだいを持つ仲間が20人ほど集まり、月に1回活動しているそう。
「とはいえ、大したことはしてないんですよ。飲みながら『きょうだいあるある』で笑ってしまうようなエピソードを語り合ったり、障害に関する面白そうな映画があればみんなで鑑賞したり。ゆるく楽しく、サークルみたいな集まりを楽しんでいます」
[未来言語]
人間の大半が音声や文字を使ってコミュニケーションをとる。しかし、文化や身体的特徴によって隔たりが生まれてしまうことは少なくない。そこで「当たり前」とされるコミュニケーション方法を見直し、全人類が繋がる未来を考えれば、世界は平和になるのではないか?そんな発想から生まれたのが「未来言語」だ。
「この取り組みは、障害やコミュニケーションに関する事業を手掛けているNIHONGO(にほんご)、Braille Neue(ぶれいるのいえ)、異言語Lab.(らぼ)、そしてバーバルデザイナーの河カタソウさんと我々ヘラルボニーが協働で行っているんです。全人類がコミュニケーションできる“未来言語”を発明するためにワークショップを運営しています」

このワークショップでは、オリジナルで製作した「はなせない」「きこえない」「みえない」のカードを使う。チーム内でカードを引き、「みえない」の人はアイマスク、「きこえない」の人はイヤホン、「はなせない」の人はマスクを装着し、「ニックネームを共有しよう」「しりとりをしよう」などのお題のもとでコミュニケーションをとる。
「ワークショップを通して運営側の私たちも多くの学びを得ています。音声言語や文字がなくても、思っている以上にコミュニケーションがとれるものなんですよね」
こうした取り組みを通し、言語や障害の壁を超え、全人類がコミュニケーションを取り合える方法をヘラルボニーは模索しているのだ。
[全日本仮囲いアートプロジェクト]
建設現場で見かける真っ白な仮囲い。これを「美術館」に見立てて知的障害者のアートを展示するのが「全日本仮囲いアートプロジェクト」だ。主導しているのは、元大手ゼネコン勤務の文登さん。
「仮囲いは活用の仕方によって、企業PRの場や注目スポットにもなり得るんですよ。都内では仮囲いを使った面白い取り組みを見かけることもありますが、地方ではほとんど見ません。これはもったいないことだと思ったんです」
そこでヘラルボニーは、ぞれぞれの地域において地元で暮らす知的障害者のアート作品を起用。期間限定のソーシャル美術館として街を彩る取り組みを始めた。

「まずは渋谷区からスタートしました。展示する作品は、渋谷区に暮らすアーティストのものです。今後は全国展開を予定しているのですが、いずれも地元のアーティストを起用したいと思っています」
ゼネコンに勤めていたからこそ気づいた仮囲いの可能性と、それを活かせていない現実。それを障害のあるアーティストが描くアート作品によって新たな価値を生み出そうとしている。
編集者に大学生。枠にはまらないヘラルボニーのメンバー構成
斬新な発想で、今までにない取り組みを通して新たな価値を生み出しているヘラルボニー。これらの事業を支えているのは、さまざまな特技を備えた個性あふれるメンバーだ。今回は、現場で活躍する4人のスタッフにも話を伺うことができた。
編集者である稲垣かのこ(いながき・かのこ)さんは、ツイッターで「MUKU」を発見した。興味深い取り組みを行っている松田兄弟への取材を申し込んだことを機に意気投合し、ヘラルボニーに入社したそう。今は編集の仕事もしつつ、ヘラルボニーを含め3社で働いている。

「多様性が叫ばれる世の中ですが、障害のある方と出会う場がないのに何をどう理解すればいいの?と疑問を感じていたんです。先走っている『ダイバーシティ』という言葉を真に理解するためにも、敬遠されがちな『福祉』のイメージを取っ払えたらいいのに。そんな思いを実現できる場がヘラルボニーでした」
同時に取り組んでいる副業から得た知識がヘラルボニーに活かせていると語る稲垣さん。
「そして逆もしかりです。ヘラルボニーを通して学んだことが、編集の仕事でも役立っています」
もともとは福祉業界に興味がなかった、と話す西野彩紀(にしの・さき)さん。彼女はヘラルボニーにインターンとしてメンバーに加わっている大学4年生だ。
「スコットランドへ留学していた時に『MUKU』を発見し、メールでアプローチしたんです」

知的障害のある妹を持つ彼女はそれまで、妹にかかわる「福祉」というものに対し、少し気恥ずかしさを感じていたそう。しかし留学を通じて多様な生き方をする人々と出会う中、日本が抱える福祉の課題に気づき、社会を変えていきたいと思ったそう。
「アメリカやイギリスは個人を尊重する文化なので、違いに寛容なんです。そんな国が障害のある方とどうかかわっているのか学びつつ、良い部分は日本流にアレンジして取り入れていきたいと思っています」
学校になじめずにいる子どもたちに、新たな生き方を提示する日本財団と東京大学先端科学技術研究センターによる共同プロジェクト「異才発掘プロジェクトROCKET」に所属する佐々木めばえ(ささき・めばえ)さん。イベントで崇弥さんと知り合ったことでインターンとしてメンバー入りしたそう。
彼女は特別支援教育について学ぶ大学生だ。
「例えば不登校の子どもや特別支援学級に通う子どもって、『学校』という型にはまれないから苦しんでいると思うんです。私自身、世間一般の『型』に自分をはめようとして苦しんだ経験があります」

「普通」じゃない子どもを「正す」のではなく、独自の形を持つ彼らに合わせた生き方を提示できる。佐々木さんはそんな世の中を夢見ているという。
「障害という分野において、私にとって理想的な考え方をしているのがヘラルボニーでした。障害は違いであり、劣っているわけじゃない。障害は個人に帰属するのではなく、環境と人の間に生まれるもの。いつかこれが理解される世の中になったら嬉しいですね」
2019年4月、大手広告代理店を経てヘラルボニーに入社した丹野晋太郎(たんの・しんたろう)さん。地元が近い文登さんと昔から知り合いだったという彼は「僕自身、『MUKU』の大ファンだった」と笑顔で語る。

ヘラルボニーに入社を決めた理由の一つに、彼が経験した東日本大震災がある。
「死を間近に見た時、社会に何か残せる人間になりたいと思ったんです。ヘラルボニーは今までにない、社会的価値のある事業をしている。僕もここで一緒に仕事をして、世の中に大きく貢献したいと考えています」

松田さん兄弟を筆頭に、多様な個性を持つ若きメンバーが揃うヘラルボニー。「福祉」を楽しく新しい文化につくり変えつつある彼らは、いずれ大きな「多様性」の波を世の中にもたらすかもしれない。
撮影:十河英三郎
〈プロフィール〉
松田崇弥(まつだ・たかや)
株式会社ヘラルボニー代表取締役社長。「異彩を、放て。」をミッションに、福祉という領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。双子の弟。
株式会社ヘラルボニー 公式サイト(別ウィンドウで開く)
松田文登(まつだ・ふみと)
株式会社ヘラルボニー代表取締役副社長。大手ゼネコン会社で、入社3年目にして営業成績1位を獲得した元敏腕営業マン。ヘラルボニーの経営担当。双子の兄。
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