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【増え続ける海洋ごみ】自分が出すごみに責任を持つ。世界自然遺産の小笠原諸島の官民、島民が一体となった取り組み

- 小笠原諸島では、東京都、小笠原村、環境省、林野庁、NPO、企業が協力し合い、海洋ごみの回収と処理を実施
- 離島で回収された海洋ごみは地域内で焼却や埋め立てができない。本州に船で搬送して処理を行う必要がある
- 海洋ごみ問題解決の道のりは遠いが、一人ひとりが自分の出すごみに責任を持つことが大切
取材:日本財団ジャーナル編集部
東京から南に1,000キロメートル、伊豆諸島の更に南に位置する世界自然遺産の島、小笠原諸島。「海洋島」という大陸と一度もつながったことのない島である。
石器時代に人が住んでいた形跡はあるが、その後1830年に欧米人が移住するまで長らく無人島だった。明治初期に日本の領有となった後に日本人が入植し、戦前はサトウキビや南瓜の栽培をはじめとした農業で大変栄えた。
小笠原諸島は太平洋戦争において最前線の戦地となり、終戦後は米軍の統治を受け、1968年に日本に返還された。その後、民間人の住む父島と母島、自衛隊基地のある硫黄島だけが有人島となり、それ以外の属島は無人島になった。
2021年2月の東京都に属する小笠原村(別ウィドウで開く)の人口は、父島が2,124人、母島が445人、合わせて2,569人の島民が暮らしている。島民にとって、海は最も身近な資源であり、大切な生活環境でもある。
海に囲まれたこの小笠原諸島で、行政機関はどのように海洋ごみ問題に取り組んでいるのだろう。
東京都の小笠原支庁土木課課長の宮岡成次(みやおか・せいじ)さんと、小笠原村役場環境課で海洋ごみを担当している上部修一(うわべ・しゅういち)さんにお話を聞いた。
- ※ 2021年2月取材
アオウミガメが産卵する海岸でも活動。小笠原諸島の海洋ごみ事情
小笠原諸島では国の機関として環境省と林野庁、東京都の出先機関として小笠原支庁、小笠原村の主体として小笠原村役場がそれぞれ手を取り合い、協力し合って海洋ごみの回収と処理を行っている。
行政だけでなく、小笠原にあるNPO法人小笠原海洋島研究会BOISS(別ウィンドウで開く)や 小笠原グリーン株式会社(別ウィンドウで開く)などの民間企業も回収や啓蒙活動に関与している。同時に個人のボランティアも熱心に回収活動に取り組んでいる。
回収された海洋ごみは、小笠原村役場の手配により貨物船で島外に搬送され、本州の業者にて処理されている。だが2009年以前は海洋ごみに関する法律がなく、村費の中で処理を行っていた。
2009年7月に、政府により海岸漂着物処理推進法(別ウィンドウで開く)が施行。この法律により、国と都道府県、市町村の役割が明確に定められた。具体的には、国は予算措置を講じ、都道府県が海洋ごみ回収や処理の実施主体となり、市町村は都道府県に協力するという体制が取られるようになった。
こうした流れを受けて、東京都は2013年7月に「小笠原諸島における海岸漂着物対策推進計画」(別ウィンドウで開く)を策定。この中で、父島と母島、属島の中で40カ所の海岸が海洋ごみの回収を行う「重点海岸」として指定された。
重点海岸は、海岸が国立公園や港湾施設に面しているかなどによって「海岸管理者」が異なる。
例えば、父島の北方にある大村海岸の海岸管理者は東京都建設局だが、漁業協同組合の施設のそばにある製氷海岸の管理者は東京都港湾局。父島の東方にある初寝浦(はつねうら)や母島の南方にある御幸之浜(みゆきのはま)は林野庁が、海洋ごみの回収を管理している。


海岸によっては、観光客や島民の利用が多い海岸であったり、アオウミガメの産卵が多い砂浜であったり、利用状況や環境が異なる。中には無人島にあり、道路ではなく船で行き来して海洋ごみの回収を行う海岸もある。
さまざまな立場の人が手を取り合うことで、多様な自然環境で形成される小笠原諸島の海は守られているのだ。
無人島に流れ着いた廃船も回収。小笠原支庁が取り組む海洋ごみの現場
東京都は2013年7月に「小笠原諸島における海岸漂着物対策推進計画」を策定した後、どのように海洋ごみの回収に取り組んできたのだろうか。東京都小笠原支庁土木課の課長を務める宮岡さんに伺った。

「海洋ごみの回収は有人島だけでなく、属島での回収作業も行っています。例えば、父島列島の弟島では黒浜や西海岸を東京都が管理しており、広根崎(ひろねさき)や東海岸は林野庁が所管しています。東京都では2021年現在、父島にある企業・小笠原グリーン株式会社に海洋ごみの回収業務を委託しています」
回収は年に4〜5回行われ、長い時には1回につき2〜4日かかるという。
「海岸へは、海が穏やかな日を狙って清掃に出向きます。清掃前の調査だけで半日から丸1日かかるときもあります。また調査後、嵐が来ると海洋ごみも移動します。時として廃船が流れ着くこともあり、そうした大きなごみは切断するなど工夫が必要です。重点海岸は道路があるなどアクセスのしやすい海岸もありますが、中には無人島の海岸も指定されています。そうした場所へは、島民や有志のボランティアの方々は簡単に行くことができませんので、海岸管理者としてしっかり役割を務めています」

しかし小笠原諸島の中には、東京都の海岸漂着物推進計画の対象にはなっていないが、最北部にある聟島(むこじま)列島のように、観光客や島民が多く訪れる無人島もある。こうした無人島における海洋ごみ問題に対する議論は、まだ積極的に行われていないが、宮岡さんは「海洋ごみの回収処理と発生抑制は車輪の両輪だと思っている」と話す。
「海洋ごみへの対応は、ただ回収と処理を繰り返すのではなく、発生抑制と海岸清掃がセットになると良いと思っています。海洋ごみは人類が出しているものなので、世界全体で流出しない仕組みが必要です。海岸漂着物推進計画の見直しにも期待していますが、それ以外にも50年、100年の長さで考えて、離島や属島の目の届かないところにあるごみも回収できるような仕組みがあればいいと思っています。海洋ごみがマイクロプラスチック化する前に回収することが大切で、人が住んでいない島々の海洋ごみの問題も積極的に考えたほうが良いと思っています」
小笠原村役場環境課が取り組む、海洋ごみ回収とリサイクルの仕組み
東京都や林野庁が協力し回収された海洋ごみは、小笠原村役場との協定のもと、本州に船で搬送し処理される。具体的にはどのように行われているのだろう。
小笠原村役場環境課には海洋ごみを含むごみ処理やシロアリ対策などを行う「生活環境係」と自然保護や環境省と提携した事業や環境教育を担う「自然環境係」がある。
小笠原村役場環境課で生活環境係に所属する上部さんにお話を聞いた。
「2009年に海洋ごみに関する法律ができる以前、小笠原村ではボランティアの方々の手によって海洋ごみが回収されていました。2013年、東京都により『小笠原諸島における海岸漂着物対策推進計画』が作られてから、いろいろ動くようになりました。村としては2013年以前に村費で行っていた海洋ごみの処理に予算がつくようになったことは、回収量の増加に大きな効果をもたらしました」

小笠原村にも生活ごみの焼却施設はあるが、ペットボトルなどリサイクルを必要とするごみは、全て本州に搬出して本州の業者が処理を行う。海洋ごみも島内では焼却せず、本州へ搬送された後に廃棄物固形燃料に加工され、助燃材としてリサイクルされる。
島外への搬送や処理に多額の費用がかかることが、小笠原諸島における海洋ごみ対策のネックになっている。

小笠原村役場環境課が作成した資料によると、小笠原諸島で回収される海洋ごみは漁網・ロープ・漁具などが目立つ。こうした漁具類は父島や母島の漁師が使う道具とは異なるものがほとんどであるため、小笠原諸島以外の海域で使われ流されてきた海洋ごみが多いという。
環境に優しい生分解性プラスチック(※)使用の漁具も研究されているそうだが、耐用年数やコスト面で漁師の現場での導入は難しい側面がある。
- ※ 微生物の働きによって最終的に水と二酸化炭素にまで分解されるプラスチック
海洋ごみは回収して処理ができても、発生自体を抑制することは難しい。世界が一つにつながる広大な「海」という環境ゆえに、国境を越えてごみが移動することが問題解決の難しさを象徴している。

一人ひとりが自分の出すごみに責任を持つ姿勢が海を守る
小笠原村役場環境課では、島民やボランティアに向けて「漂流漂着ごみの清掃活動をされる皆様へ」というチラシを配布している。海洋ごみを拾いたい人に向けての注意事項が書かれていて、ごみを拾った後の処理や海岸の環境保全を考えた内容になっている。
例えば「ごみに付着した砂・貝殻・海藻をできるだけ落とす」「アオウミガメの産卵に注意する」と書かれている。環境保全活動が暮らしの中に溶け込んでいると感じる。

チラシについて上部さんは次のように語る。
「東京都の推進計画の良い点は、行政や事業者だけでなく島民やボランティアの活動が織り込まれていることです。小笠原に住む島民が持つ積極性が盛り込まれている計画になっている点は評価されていいと思います。その一方で南島や聟島列島など島民や観光客の利用が多いが重点海岸に指定されていないため、海洋ごみの回収予算がつかないなどの課題もあります。ごみの量の多さ少なさでだけで考えるのではなく、利用者の多い海岸の海洋ごみをもっと対策したい。今後の推進計画の改定に期待したいです」
小笠原諸島に住んでいると大人や子どもたちが一緒になって、積極的に環境保護や保全のために活動していることに驚かされる。
世界自然遺産の島である小笠原諸島には、屋外の公共空間にごみ箱が設置されていない。ごみは島民であれば自宅に、観光客は宿泊施設に持ち帰ることがルールなのだ。
その効果があって、ごみ箱がないにもかかわらず、街中やビーチではほとんどごみを見かけない。島民のさまざまな努力と工夫で、小笠原諸島の自然と海の美しさは守られているのだ。
「小笠原から読者の皆さんに伝えたいメッセージは『どんなごみでも、街中のごみ箱に捨てずに家に持って帰ってほしい』ということです。自分が使ってごみになったものを、最後まで自分で処理することを意識することが本当に大切です。自分で使ったものを責任持ってリサイクルのルートに載せるなど、一人ひとりがきちんと考えて行動することが、海洋ごみも含めてごみの削減につながります。皆さんの日々の行動が海につながり、環境をきれいにしていく。そのことを忘れないでほしいですね」と上部さん。
世界は海を通じてつながっている。日々のごみを丁寧に捨てることで、世界中の海がきれいになるかもしれない。海洋ごみを減らすためにも、自分の暮らしの中のごみに責任を持ち、みんなできれいな海を守っていきたい。
撮影:夏野葉月
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。