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SOSを出せない子どもたち。見えない自殺リスクをタブレットで可視化し、予防する

- 15歳~20代は、自殺念慮・自殺未遂のリスク共に他世代に比べて高い
- 生徒の自殺対策に、長野県など複数の自治体・学校が自殺リスクを可視化するシステム「RAMPS」を導入
- SOSを出せない子どもたち。見守るだけでなく「あえて聞くこと」が、かけがえのない命を守る
取材:日本財団ジャーナル編集部
近年、大きな問題となっている若年層の自殺の増加。2021年4月に日本財団が全国の13~79歳の男女2万人を対象に行った「第4回自殺意識調査」(別タブで開く)でも、15歳~20代は、自殺念慮・自殺未遂ともに他世代に比べてリスクが高いことが分かった。


若者が抱える「死にたい」「消えたい」気持ちに気付き、彼らを自殺から遠ざけ、救いたい。そんな思いのもと開発されたのが、タブレット端末を使って自殺リスクや心の不調を可視化するシステム「RAMPS」(外部リンク)だ。名前は「Risk Assessment of Mental and Physical Status(心身状態の評価)」の頭文をとったもの。「接続経路」という意味で、このツールが心のケアや支援へつなぎ、自殺予防の道の一つになれば、という願いを込めて名付けられた。
2022年6月現在、関東、北陸の高等学校、中学校を中心に約70校で導入されている。

RAMPSによって、生徒の自殺者数や自殺死亡率(※)は、どのように変化しうるだろうか。開発者の1人である東京大学相談支援研究開発センター特任助教の北川裕子(きたがわ・ゆうこ)さんと、RAMPSを導入し生徒の自殺対策に取り組む長野県と長野県教育委員会の職員の皆さんにお話を伺った。
- ※ 人口10万人あたりの自殺者数の割合。計算式:自殺者数÷人口×100,000
「助けて」と言えない子どもたちの自殺を防ぐために
「実は、自殺のリスクが高い子ほど、誰にも助けを求めていない傾向にあるんです」
これは、北川さんがRAMPSの開発にの前に行なった中高生2万人に対するアンケート(※)の結果から分かったことだ。またその中には「死にたい」という気持ちや、心の不調を口にすることはいけないことだと思い込んでいる子どももいると話す。
- ※ Kitagawa et al., 2014

「開発当初、『生きていても仕方がない』とアンケートで回答した子どもと話したことがあるんです。自殺を考えたことがあるなんて思えないほど元気で明るい子だったのですが、詳しく話を聞いてみると『自殺を試みたことがある』と教えてくれました。その子がとてもつらい思いを抱えていたことにショックを受けたと同時に、なぜ初対面の私に気持ちを吐露してくれたのかも気になったので尋ねてみました。すると、『今まで誰にも聞かれたことがなかったから言えなかっただけ』と教えてくれました。」
この出来事は、北川さんがRAMPSを「自殺」に関わるセンシティブな質問でも「あえて聞くこと」にこだわった予防ツールにした。また、自殺リスクの高い子どもを1人でも見過ごしたくない思いが強くなったきっかけにもなったという。
そんな思いのもと開発されたRAMPSは、以下の3つのステップで、生徒たちの自殺リスクや心の不調を可視化し、生きる支援(自殺予防)につなげる。
STEP1.一次検査(まずは生徒が1人で質問に回答)
保健室への来室理由や食事・睡眠、心の不調、いじめ、相談相手がいるか等についての11問の質問に回答。所用時間は3分程度。

STEP2.二次検査(養護教諭が回答に沿って問診)
養護教諭が生徒の回答結果を見て、問題があると思われる項目を中心により詳しく質問。「自殺リスク高度」に該当する回答がある場合、アクセス権限のある教員に自動アラート(支援要請)がメールで送信される。

STEP3.回答のまとめ(自殺対応へつなぐ)
二次検査が終わると、その結果を一次検査の結果と共に画面に一覧表表示。また「回答一覧」として出力することも可能。これらをもとに学校側が生徒への対応を検討。事前に事後対応方針を決めておくことも重要となる。

RAMPS導入校には、保健室に訪れた生徒全員、もしくは定期健康診断などにRAMPSを実施してもらうように取り決めている。生徒たちに「誰もがやるもの」として認識させることで、回答に対する抵抗感を軽減するためだ。
そのほかにもRAMPSには、自殺リスクを可視化するためのさまざまな工夫がされている。例えば、質問が1画面に1項目しか表示されないのは、回答したらすぐに次の質問に移れるようにするため。いつまでも画面に回答が残っていると、子どもたちは自分の気持ちが他者に知られることを恐れ、うその回答をしてしまう可能性がある。
また、思春期に起こりやすい心身の不調に関する質問項目を網羅することで、あらゆる状況下でつらい思いを抱える子どもたちを発見、サポートすることもできる。中でも北川さんがこだわったのは、回答時間の記録と解析だ。

「気持ちを本当に吐露していいのか分からず、回答を躊躇する子は多いです。悩んだ末に、自分に当てはまることでも『いいえ』を選ぶ子も少なくありません。でも、回答するのにかかった時間を見れば、どの質問が答えづらかったのか、偽って答えているかもしれないなど察知する手がかりになりますよね。心の動きをキャッチし、小さなサインを見過ごさない手立てとなるよう予防の工夫をしました」
RAMPS導入によって得られた成果
「あえて聞くこと」を重視することで、自身の気持ちを吐露できずにいる子どもの本音を引き出すように開発されたRAMPS。実際に導入した学校ではどのような成果が出ているのか。
若者の自殺が深刻な長野県は、2019年10月より日本財団と協働で「子どもの自殺危機対応チーム」を設立・運営している。2020年の長野県の未成年の自殺者数は、2019年から1人増加して14人。また、自殺死亡率に関しては4.13ポイント、全国平均の3.68ポイントと比べるとまだまだ高く、「学業不振」「健康問題」「家族関係の不和」が主な自殺につながる要因だという。
長野県および長野県教育委員会では、子どもの自殺危機対応チームの研究・開発への協力の中で2021年度にRAMPSを試験的に導入した。同チームは、長野県や教育委員会の職員だけでなく、弁護士、精神科医、心理師、精神保健福祉士のほかに、自殺対策のスペシャリストであるNPO法人自殺対策支援センター ライフリンク(別タブで開く)などのメンバーにより構成され、毎月1度行われる定例会議にて、RAMPSからのアラートがあった事例の支援方法を検討。その結果を現場にフィードバックし、学校と連携がとれる体制になっている。
2022年2月末までに発生したアラートは17件。「全て子どもが自殺に至らないよう支援ができており、未然に彼らを救えている」と、長野県健康福祉部保健・疾病対策課の松本康一(まつもと・こういち)さんと長野県教育委員会の召田誠(めすだ・まこと)さんは話す。
松本さん「これまでのRAMPSのアラートを分析してみると、要因は本当にさまざまです。私たちは彼らの背景にある要因に合わせた自殺を予防する支援が必要だと考えているので、医療や地域支援者との連携はもちろん、本人の希望を叶えるための支援にも携わっています。例えば、進路の話で親になかなか理解してもらえないがゆえに、自殺を考えたという生徒のケースでは、本人の希望に沿うような専門学校の情報を提供することもありました。このように幅広い支援ができている点は、本チームにおける成果だと考えています」

またRAMPSを導入した学校の教諭からは、おおむね成果につながっているとの報告が。
「RAMPSを導入したことで、養護教諭とあまりかかわりがない(保健室に来ない)生徒に対してもアプローチがしやすくなった」
「RAMPSでの回答資料が、保護者にアラート内容を説明する際に役立った」
「RAMPS使用時以外も、生徒に自殺に関することを躊躇せず聞けるようになった」
「普段気にならない生徒がRAMPSによって自殺念慮があることが分かった。早期発見・早期対応につながって良かった」
一方でRAMPSに対し、さらなる機能の向上を期待する要望も届いている。
「いまはスマートフォンやタブレットを1人1台持っている時代。保健室だけでなく、いつでもどこでも一次検査ができれば、より多くの死にたい気持ちを抱える生徒に気付けるのではないかと感じた」
長野県では日本財団、NPO法人OVA(別タブで開く)と共に自殺対策支援の一環として、ゲートキーパー(※)研修にも取り組んでいる。RAMPSを導入する学校でも、PTAを対象にした自殺対策に関する研修会などを開催し、地域全体で子どもを見守るための施策に力を入れている。
- ※ 自殺の危険を示すサインに気付き、声をかけ、話を聞き、必要な支援につなげる、見守ることで悩んでいる人に寄り添い、支援すること
召田さん「周囲の大人が適切に対応できれば、子どもを自殺から救うきっかけはより多く生まれますし、未然に防げるケースも増えてくると考えています。日本の未来を担う子どもたちを、私たちは守っていく責任があります。そのためにも、RAMPSの活用も含めてできることは何でもやっていきたい。それが私たちの思いです」
2022年夏に、国は自殺総合対策大綱の改訂を予定している。これまで子どもの自殺危機対応チームが構築してきた自殺対策モデルを、同改訂に盛り込み全国に展開できるよう、現在、長野県、ライフリンク、日本財団では政府に対し働きかけを行っている。
見守るではなく「あえて聞くこと」が大事
2020年には、新型コロナウイルスの感染拡大下において、児童生徒の自殺者数が全国的に急増。そんな状況から少しでも子どもたちの命を守るべく、北川さんはRAMPSの機能を一部見直したと話す。
「RAMPSの質問では自殺リスクを4段階で評価するのですが、もっとも高いリスクの回答が出たら即時アラートが発信される仕組みに改善しました。コロナ禍の不安定な状況下では、回答結果を養護教諭が見て判断しアラートを出すのでは遅いと感じたんです。もしかしたら保健室から教室に帰るはずが屋上に行き、自殺を試みてしまう生徒もいるかもしれません。なので、回答があったら即時に管理職、養護教諭、担任など支援に関わる関係者にアラートを飛ばすようにしました。これは見守りの目を一つでも多くして生徒を守ることが一番の目的ですが、養護教諭だけに負担がいかないようにすることにも配慮して追加した機能です。このアラートシステムは現場でも好評だと聞いています」

もともと、RAMPSは現場の意見を取り入れながら構築されてきた自殺予防ツール。今後も時代や環境の変化に合わせてさまざまな工夫が施されていくだろう。
とはいえ、RMAPSだけで全ての子ども・若者の自殺を防ぐことは難しい。1人でも多くの自殺を予防するために、周囲の大人ができることはないのだろうか。北川さんに尋ねた。
「残念なことに、いまの日本は追い詰められ、自ら命を絶ってしまう人が多い時代です。でもそんな時代だからこそ、さまざまな人たちが関わり、命を守っていかないといけないのではないでしょうか。私自身も、RAMPSはあくまでお助けツールであり、全てではないと思っています。これがなくても自殺を考える子どもたちに気付いて手を差し伸べられるなら、それに越したことはありません。その上で、大人の人たちに大事にしてほしいのは『聞くこと』です。そっと見守ることも大事ですが、待っていたら手遅れになることが多い。複数の研究データでも『自殺について聞くと自殺のリスクを高める』という報告は一例もありません。ぜひ、子どもに聞くことから始めてみてほしいと思います。聞くこと、つまり一人に向き合うことが一人の子どもの命をつなぐのだと思います。」
文部科学省の「自殺サインと対応」(外部リンク/PDF)では、「これまでに関心のあった事柄に対して興味を失う」「成績が急に落ちる」「不安やイライラが増し、落ち着きがなくなる」といった自殺のサイン例が掲載されている。身近に少しでも当てはまりそうな子どもや若者がいるのなら、ためらわずに「何かあった?」と声をかけてみてほしい。もし自分が聞きづらいようなら、他の人にお願いするのも一つの手だろう。自らSOSを出せない子どもたちを救えるのは、あなたの一言かもしれない。
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。