社会のために何ができる?が見つかるメディア
不朽の名作ゲーム「桃鉄」が教材に!ゲーム×学びの「エデュテインメント」ってナニ?

- 「エデュテインメント」とは、娯楽要素がある教育コンテンツを指す概念
- KONAMIが学校教材用に「桃鉄」を制作。トラブル防止の観点から貧乏神などを封印
- 子どもたちが楽しく学ぶためには「教育のために」を目的とせず、関心が持てる入り口を用意することが大切
取材:日本財団ジャーナル編集部
「桃太郎電鉄(通称、桃鉄)」は、1988年にファミリーコンピュータ用ソフトとして発売された不朽の名作ゲーム。プレーヤーは鉄道会社の社長となり、実在する日本全国の駅をすごろく方式で回りながら、各駅で物件を購入し、最終的な総資産を競うという内容です。
「桃鉄」はその後もさまざまなゲーム機で発売され、現在も子どもから大人まで幅広い世代に親しまれているシリーズです。
そんな「桃鉄」が2023年から、全国の約3,000もの小中学校で教材として使われているということをご存じでしょうか?
その名も「桃太郎電鉄 教育版Lite ~日本っておもしろい!~」(外部リンク)(以下、桃鉄 教育版)。
「学校の授業でゲーム?」と驚く人も多いかもしれませんが、娯楽を学びの入り口にする「エデュテインメント※」という手法はさまざまな形で広がっており、子どもの学ぶ意欲をかきたてると注目を集めています。
- ※ 娯楽でありながら娯楽と関係のない分野の教育として機能するエンターテインメントのこと
「桃鉄 教育版」も日本のエデュテインメントの第一人者である小学校教諭の正頭英和(しょうとう・ひでかず※)さんと、「桃鉄」シリーズの現在の販売元であるコナミデジタルエンタテインメントがタッグを組んで生み出されました。
- ※ 2019年に開催されたグローバルティーチャー賞(教育に貢献した教師を表彰する世界的な賞)にて、ゲーム「マインクラフト」を用いた独創的な授業が評価され、日本人小学校教員初のトップ10に入賞
すでに導入している学校からは「生徒が自ら楽しんで学ぶようになった」「不登校生徒が登校するきっかけになった」という声が上がっています。
しかも、この「桃鉄 教育版」は無償で提供されています。
今回、「桃鉄」シリーズのシニアプロデューサー岡村憲明(おかむら・のりあき)さんに、「桃鉄 教育版」が生み出されたきっかけや、製品版との違い、エデュテインメントの可能性について伺いました。
子どもたちが楽しく学ぶきっかけになるよう、貧乏神は封印
――どのような経緯で「桃鉄 教育版」を出すことになったのでしょうか?
岡村さん(以下、敬称略):昔から「桃鉄で日本の地理を覚えた」という声を、ユーザーの方からよくいただいていました。また、社内からも「子どもたちの教育のためになるようなゲームが作れないか?」という意見はたびたび上がっていたんです。
そんな折、2019年9月にNintendo Switch™用ソフト「桃太郎電鉄 ~昭和 平成 令和も定番!~」(外部リンク)の発売を発表したところ、正頭先生から教育用としての「桃鉄」の制作について打診をいただき、開発が始まりました。
2022年の東京ゲームショウで制作発表を行い、テスト授業などを経まして、2023年1月より教育機関の導入受付が始まっています。

――教育版ということで、制作する際、何か工夫されたことはありますか?
岡村:教育現場で使うのにふさわしいようにゲームバランスの調整を行いました。一番の特徴は貧乏神(※1)が出てこないことですね。また、スリの銀次(※2)も現れないよう調節しています。
- ※ 1.プレーヤーに取りつくおじゃまキャラクター。物件を勝手に売ったり、カード(桃鉄におけるお助けアイテム)を割高で買わせたりする厄介な存在。さらに凶悪なキングボンビーに進化することも
- ※ 2.シリーズを通して登場するおじゃまキャラクター。ランダムに遭遇し、プレーヤーの所持金を奪う
――え! 貧乏神って桃鉄の重要な要素ですよね?
岡村:そうですね。プレーヤー間の資産に大きな差が出たり、借金が増え過ぎたりするのはあまりよくないと思ったのと、「桃鉄 教育版」がきっかけで、けんかやいじめにつながってほしくないという思いからです。同じ理由で攻撃カードでは対象を指定できないようにしました。
貧乏神はゲームの核を担っていましたし、名物キャラクターでもあるので、どんな反応がくるか少し怖かったのですが、意外にも大きな批判はありませんでしたね。「製品版でも貧乏神が出ない設定にして」という声もあったくらいです(笑)。

――授業で使いやすい工夫は、他にはどういったものがあるのでしょうか?
岡村:カリキュラムに合わせられるよう地方限定プレイモードを作りました。また、駅に停まった際、その地域の詳しい情報が出る仕様となっています。


――なぜ無償で提供をされているのでしょうか?
岡村:学校で使っていただけるというのはとても光栄なことで、社会貢献的な側面もあるとは思っていますが、ただ、僕はいち民間企業のプロデューサーであることにプライドを持っているので、「これは社会貢献のためなんです!」というスタンスでいるのはちょっと違うかな、とは思っていて(笑)。
ではなぜ無償で提供しているかというと、「桃鉄 教育版」によって未来のお客さまを獲得するというブランディング的な側面もあります。
現在(2023年)の小学生世代は、Z世代の1つ下でα世代と言われていますが、私たちのメインのお客さまの1つがまさにα世代なんですよ。しかし、この世代に遊んでもらえるゲームを作ることほど難しいことはないんです。
――それはなぜでしょうか?
岡村:いろいろと理由はあると思いますが、大きな理由の1つは、生まれた時からインターネットに触れているデジタルネイティブだということ。スマホが当たり前にある状態で育っており、遊びの選択肢が無限大にあるからです。もちろんそんな子どもたちに刺さっているゲームもあるので、力不足と言われればそれまでですが……。
そんな世代に対して、学校側から「桃鉄をやりなさい」と言っていただける。私たちにとってこんなありがたい話はないんですよ。
長期的な目で見れば、プロモーションにもなるかもしれない。そういった意味で、無償での提供とさせていただくことに、何も違和感はないんです。
登校のきっかけにも。ゲームの導入で広がる学びの可能性
――すでに導入している学校も多いそうですが、やはり社会の授業で使われることが多いのでしょうか?
岡村:そういう学校が多いようですが、それ以外にも国語の授業として難読駅名を扱ったり、数学の授業で期待値計算のために扱われていたりするケースもあるようです。あとは年度初め、クラスがまだ緊張している時にアイスブレイク的に使用する学校もあるみたいですね。
福岡教育大学附属福岡小学校で行われたテスト授業では、「桃鉄 教育版」を実際にプレーして、「桃鉄がもっと社会の授業の役に立って、面白いゲームとなるにはどんな修正を加えたらいいか?」を考えるという授業が行われました。「桃鉄」では扱わなかった名産品や土地の特徴を調べるようになり、深い学びにつながったとうかがっています。

――なるほど! あくまで教材としての提供で、使い方は学校にお任せなんですね。
岡村:はい。正頭先生からは「日本の小学校の先生たちは優秀な方が多いので、活用方法は自分たちで考えることの方が多いはず。お任せするのが一番いいと思いますよ」とアドバイスをいただきました。
今後も新たな使い方が出てくるのではないかと期待しています。
――実際、「桃鉄」を授業に導入したという学校からはどんな反響がありましたか?
岡村:いままで一年間準備でいろいろな学校の先生方にヒアリングさせていただいたのですが、「楽しんでくれた」「意欲的に取り組んでくれる生徒が多かったと」いう意見が多かったです。
中でも僕が一番嬉しかったのは、「不登校だった生徒が桃鉄の授業だけは出席した」とか、「保健室登校の生徒が桃鉄の授業の時だけは毎回参加していた」という報告ですね。これこそがゲームの力なんだろうと思いますし、「桃鉄」が学校に行く・授業に出てみるというきっかけの1つになったのであれば、私たちとしても本望です。
また、大阪の枚方市などいくつかの地方自治体では、市内の全小中学校に導入していただくことも進んでいます。これもとてもありがたいし、嬉しい出来事でしたね。

覚えるための学びではなく、「いつの間にか学んでいる」が大切
――ゲームが教育現場に広がっていくと、どんなことが起こりそうでしょうか?
岡村:私たちもまだ始めたばかりで手探りのところはありますが、広い意味でコンテンツに期待されていることは「勉強になる」ということより、「興味を喚起するきっかけ」となり、その結果学びが深まっていくことではないかと思っています。
「桃鉄 教育版」に関していえば、地理を覚えてもらうことを目的にするのではなくて、取り入れることで日本に興味を持ってもらう、そしてそれが子どもたちそれぞれの深い学びにつながっていけば嬉しいですね。まさに「教育版」のサブタイトルである「日本っておもしろい」の通りです。
「教育のために」と、目的化してしまうと失敗しますから。
――教育を目的とすると失敗する? それはなぜでしょうか?
岡村:「勉強のためにやるもの」と、なった瞬間に子どもたちってやる気をなくしますよね(笑)。
学ぶために何かをするのではなくて、まずは楽しむ。楽しんでいるうちに、結果的に学習につながっている。正頭先生もよくおっしゃっているのですが、この「いつの間にか学んでいる」というのがエデュテインメントの本質であると思います。
――意識しないうちに勉強になっていると。
岡村:はい。さらにエデュテインメントは子どもたちのためだけでなく、先生や保護者を助けてくれるツールでもあります。
正頭先生から聞いたお話で印象的だったことがありまして、例えば「北海道の都市の名前を覚えましょう」となったとき、子どもたちから「なんで覚えないといけないの?」と聞かれると、先生は説明に困ってしまうんです。分かりやすくメリットが提示できないので。
「桃鉄」の場合、地名を覚えるとゲームが楽になるというメリットがあります。地図が頭に入っていればどちらに進めばいいかも分かるようになるでしょう。
そういった部分もエデュテインメントの強みではないでしょうか。
――なるほど! 一方で「勉強にゲームを使うなんて……」と考える保護者や先生も少なくないと思われますが、岡村さんはどのように考えていますか?
岡村:ゲームは興味の入り口の1つに過ぎないと思っています。僕は長くゲーム作りに携わってきましたが、子どもたちにはゲームだけでなく、さまざまなことに興味を持ってもらいたいと思っているんです。
僕自身、暗記が苦手だったので地理や歴史は大嫌いだった。でも、大学の時にNHKの大河ドラマを見て「歴史ってこんなに面白いのか! もっと、前から知っておけばよかった」となったのを覚えています。
「自ら進んで勉強をする」以上に、学習効果のあることはないですからね。そのようなきっかけが子どもたちの周りにはたくさんあると思いますので、ゲームも手段の1つとして捉えていただくといいのかなと思います。
編集後記
「ゲームだから……」と大人が線を引いてしまうのではなく、興味を持ったところから学びを広げていく。それこそ、たくさんの刺激に囲まれて生きている今の子どもたちに合った学び方なのだと感じました。
子どもが楽しく学べるエデュテインメント、次にどういった企業が参加するか、目が離せなくなりそうです!
「桃太郎電鉄 教育版Lite ~日本っておもしろい!~」公式サイト(外部リンク)
- ※ 掲載情報は記事作成当時のものとなります。